横浜地方裁判所 昭和52年(わ)2903号 判決 1979年3月29日
主文
被告人を禁錮一年に処する。
この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は横浜市鶴見区矢向三丁目七番二九号所在の金子誠一所有にかかる木造スレート瓦葺モルタル塗二階建店舗兼住宅(床面積延一五〇・九二平方メートル、一階は三店舗に区画、二階は丸山綱次郎ほか三世帯八名が居住)の一階東側部分の二一・五〇平方メートルを賃借し、昭和五一年九月一日以降飲食店スナック「小夏」を営んでいたものであるが、同月七日午前二時ころ、営業を終り閉店して帰宅するに際し、同店では数日前の同月三日、同店内小座敷の客席床上の東側壁に設置していたプロパンガス配管の二口カランの一方のコックが前夜の営業中に客の接触もしくはいたずらによって半開されガスが放出していたことがあり、同三日昼すぎころ開店準備のため掃除中にこれを発見した被告人においてコックを閉止し、応急の措置として二口カランのガス排出口にそれぞれビニールテープを巻きつけ、その先端を圧しておいたものの、右排出口にゴムキャップをはめるなどの適切なガス洩れ防止措置を講じないまま放置していたため排出口の閉塞措置としては極めて不完全な状態にあったうえ、同月六日午後六時ころから翌七日午前二時ころまでの営業時間中に多数の飲食客が右小座敷を使用したため、前記三日の場合と同様のガス漏れのおそれが十分予見される状況にあったのであるから、このような場合、閉店時において厳に右コックの開閉状態を点検して、これが開放しているときは完全に閉止してガス漏れによる危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、右コックを点検せず、そのまま帰宅した重大な過失により、右コックの一方が客の接触もしくはいたずらによって開放され、排出口に巻き付けたビニールテープのすき間からガスが流出していたのに気付かず、右流出ガスを同店内に滞留させ、同月七日午前八時五分ころ、同店内北側に設置されていた電気冷蔵庫のサーモスタット(自動温度調節器)の電気火花を右ガスに引火させて激発すべき物であるガスを破裂せしめ、よって、現に人の住居に使用する前記店舗兼住宅一棟及び別紙一覧表(一)記載の三棟の建物をそれぞれ損壊させたほか、これらと近接する現に人の住居に使用せず、かつ人の現在しない金子誠一所有の同区同丁目三番一六号所在の木造亜鉛葺二階建店舗兼住宅一棟(床面積延五四・二平方メートル)及び吉川栄一所有の同区同丁目七番二七号所在の木造亜鉛葺平家建店舗一棟(床面積一六・九二平方メートル)をそれぞれ損壊させ、その衝撃、爆風等により、別紙一覧表(二)記載のとおり、同所付近に居合わせた鈴木明(当時四五年)ほか一六名に、それぞれ傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)《省略》
(争点に対する判断)
弁護人は、本件プロパンガスの滞留原因について、ガスの漏出源が現場スナック「小夏」の小座敷側壁体に設置された二口カランであるとの立証は遂に為されなかった旨、そして、「小夏」に関する被告人の立場は単に資金の提供者であり、店舗の管理運営等の責任はママである井坂紀子にあり、ガスの点検等の注意義務も同女において負担すべきものである旨、なお、仮に被告人に過失ありとしても、重過失とまではいえない旨それぞれ主張するので検討する。
まず、ガスの漏出源について、関係証拠によれば、スナック「小夏」のガス設備は、湯沸器、ガスレンジ、小座敷側壁体の二口カランの三箇所にあるところ、湯沸器は元栓が閉じられ故障して使用されておらず、ガスレンジは爆発前夜の閉店時バーテンの田中万寿男が点検し、二つのコックはいずれも閉じ、爆発後発見された際も二つのコックはいずれも閉の状態にあり、右湯沸器、ガスレンジのガス漏出のテストをするも、その事実はなかったこと、スナック「小夏」の西側に隣接する伊勢屋餅店のガス器具や「小夏」の北側戸外のガスボンベからの「小夏」店舗内へのガスの流入ならびに第三者の侵入の形跡はなかったこと、小座敷側壁体の二口カランは、爆発当日の実況見分時、損壊のとくに激しかった「小夏」東壁部分に一見できない状態でうずもれていたのが発見されたのであるが、そのとき、ビニールテープを巻かれた二口カランの一方のコックが開の状態にあり、右ビニールテープは約三回カランの先端に巻きつけられているものの、コックの開になっている方に巻かれたビニールテープの先端部分が密着しておらず、閉塞が不十分で、ガス漏出のテストをしたところ、開いているコックの方はビニールテープの密着していない先端部分からガスの漏出が認められたこと、右二口カランは本件爆発前の昭和五一年九月三日昼すぎころにも、店に掃除に来た被告人が一方のコックが開いてガスの漏出しているのを発見し、右ビニールテープをまきつけたこと、スナック「小夏」のガスメーターの指針等からわり出された爆発直前までのプロパンガスの推定放出量と同店舗の気積との対比から、計算上、爆発時の同店舗内のガスの量は爆発限界内にあった可能性の存すること、爆発前夜スナック「小夏」には酔客が多数訪れ、小座敷でも踊り騒ぐ等していること、爆発後発見されたスナック「小夏」店内の冷蔵庫は、上部および前面ドア部分がふっとび、側壁面が外部にふくらんだ状態にあり、これは冷蔵庫内部からの爆発力によるものと判断できること、冷蔵庫には霜取り用の水抜きパイプやドアのすき間からガスが侵入することがあり、温度調節用のサーモスタット等が作動の際接点で火花を出すこと等の事実が認められる。以上の事実によれば、本件爆発は、スナック「小夏」の小座敷壁体にあった二口カランの一方のコックが、客の身体に接触する等の原因により開の状態になり、その先端のビニールテープの密着していない部分からプロパンガスが漏出し、同店舗内に充満して爆発限界に達し、冷蔵庫内のサーモスタットの接点の火花によって着火したことによるものと認められ、弁護人の主張は採用できない。
つぎに、スナック「小夏」の店舗の管理責任等について、関係証拠によれば、被告人はスナック「小夏」の資金の提供者であり、開店準備等ほぼ一切とりしきり、開店後は毎日店に出て、仕入れ、ママの井坂紀子の送り迎え、店の手伝、閉店後のあとかたずけや戸締り等しており、爆発数日前にガス漏出発見の際も自ら処置し、井坂や田中に対し何らの指示等していないことの各事実が認められ、右認定事実によれば、被告人はスナック「小夏」の経営上の管理、監督者であると同時に営業の実際上においても管理責任者であったと認められ、ガス器具の点検等の注意義務は当然これを負うものというべきである。
なお、重過失の点について、そもそもプロパンガスの漏出爆発等の危険度からいって、ガス器具のコックを点検することは、これを設置している者にとってごく基本的な当然の注意義務であるところ、本件の場合、前記のように、スナック「小夏」では爆発数日前にも二口カランのコックが開いた状態でガスが漏出していたことがあり、被告人はただちにコックを閉じるとともにビニールテープでカランの先端を巻きつけたが、被告人も自認するように、これはあくまで応急の措置で、これだけではもちろん客の身体が触れ、コックが開きテープがはがれる等の可能性もあり、ガス漏出防止としては不十分であることを認識し、後刻金物店等でカランの先端を完全に閉塞する器具を購入するつもりであったのに、本件爆発時まで放置していたうえ、爆発前夜の閉店時にも、右二口カランのコックやテープの状態について何ら点検することなく、帰宅していたというものであり、かような事実からすると、二口カランの先端にビニールテープを巻きつけた自らの処置が危険防止に不十分であり、完全な閉塞器具購入設置の必要性を認識しながら、これを放置していた状況下において、被告人としては、ガス漏出による爆発等の危険を防止するため、通常のガス器具の点検より以上に、二口カランのコックの状態に注意を払い、長時間看守者がなく密閉状態となる閉店時には必ずこれを点検する注意義務を有していたものというべく、にもかかわらず、これを怠ったというもので、しかも、ガスコックの点検は危険防止の手段としては極めて容易かつ基本的な所為であることからすると、これを怠った被告人には重大な過失ありといわなければならない。
よって以上に関する弁護人の主張はいずれも採用することはできない。
(法令の適用)
被告人の判示所為中重過失激発物破裂の点は包括して刑法一一七条の二後段、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法一一七条一項、一〇八条)に該当し、鈴木明ほか一六名に対する重過失傷害の点は同法二一一条後段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として刑期犯情の最も重い下山俊勝に対する重過失傷害罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択してその刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
本件ガス爆発事故は被告人が判示のようにガスコックの点検という基本的注意義務を怠った重大な過失により惹起されたものであるが、付近は小学校にも近接した住宅及び店舗の密集地であり、爆発時刻は午前八時ころの通勤通学の時間帯で、この事件による負傷者は多く、特に通学途上の小学生が重傷を受けるなど痛ましい結果を生じたほか、本件建造物はもちろん、隣接の建造物も大破するなどし、その損害額は多額にのぼり、近隣住民等に与えた恐怖感、不安感は非常に大きいものであり、事故後負傷者に対し治療費等として約八〇万円、物損被害者に若干の見舞金を支払ったに止まり、被害の賠償を尽したともいえないのであるから、被告人の刑事的責任は重いといわざるを得ない。被告人には前科前歴がなく、本件事故について深く反省し再犯のおそれはないと考えられ、その他妻子をかかえた家庭事情等の諸般の情状を考慮してその刑責を明確にしたうえ、その刑の執行を猶予することとする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤野博雄 裁判官 宗方武 矢延正平)
<以下省略>